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BRUCE SPRINGSTEEN [We Shall Overcome : The Seeger Sessions]

ブルース・スプリングスティーンによる音楽の歴史講義の始まりです。

BRUCE SPRINGSTEEN [We Shall Overcome : The Seeger Sessions]_f0045842_0384858.jpg2002年、誰もが待っていたE ストリート・バンドとのリユニオンによる感動的傑作「The Rising」以降、個人的にはどんどん好きになっていくブルース・スプリングスティーン(以下ボス)ですが、2005年の前作「Devils & Dust」からわずか1年というインターバルで届けられた新作は全曲ボスのオリジナル曲ではないカヴァー・アルバムになりました。「ザ・シーガー・セッションズ」という副題の通り、これはアメリカ人フォーク歌手のピート・シーガーの曲を取り上げている。厳密に言うとピート・シーガー自身の曲ではなく、シーガーが取り上げた労働歌や反戦歌、ゴスペル、プロテスト・ソングをカヴァーした作品です。

BRUCE SPRINGSTEEN [We Shall Overcome : The Seeger Sessions]_f0045842_0411711.jpgピート・シーガー(左写真)は1919年にNYで生まれているので今年で87歳!今も現役のフォーク・シンガーだ。公民権運動や労働運動などでプロテスト・ソングを歌い続けた活動家で、自身の作った「Where Have All the Flowers Gone?」(日本語タイトル:花はどこへ行った)や「If I Had a Hammer」(天使のハンマー)などはフォークソングの古典となっているし、ザ・バーズの大ヒット曲「Turn, Turn, Turn」もシーガーの作った曲です。

さて、このシーガーの取り上げた曲をボスがNYのミュージシャン達とボスの自宅の農場で楽しく演奏したものをレコーディングしたわけですが、キャラ立ちしまくったE ストリート・バンドのメンバーは、奥さんのパティ・スキャルファとフィドル奏者のスージー・ティレル以外は参加していません。なぜかというとバンジョーやフィドル、トランペット、トロンボーン、バイオリン、チューバなどの楽器がメインの音楽だから。ほぼ一発録りなので生々しい演奏と楽しい雰囲気がダイレクトで伝わってきます。このレコードを録音している時にボスの娘がやってきて「楽しそうなサウンドね。それって何なの?」と言って来たそうですが、それほど賑やかで楽しい演奏だったに違いない。
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しかしこの楽しい演奏や陽気なメロディとは裏腹に、アメリカの労働歌やゴスペルというものは歌詞が強烈なものがほとんどだ。これはレゲエにも共通していることだが、歌の中に一般庶民の抑圧された怒り、恨み、怨念などの怖ろしい情念が込められているのです。今回ボスの取り上げた曲のほとんども、昔々から人々の怨念と共に歌い続けられきた怖ろしい歌達でそれが歌われる時代時代によって、その時代の怨念をさらに付加しアップデイトされていくわけです。

1916年のアイルランド共和同盟闘争で息子の両足を失った母親の反戦バラッドは、現代のイラク戦争にも置き換えられるし、砂嵐で奥さんを失ったアメリカ移民の悲しみの歌は、現代のカトリーナの被災者にも置き換えられる。1930年代の労働運動で歌われたプロテスト・ソングは、今のブッシュ政権に対するプロテストにも置き換えられる。その他の曲も人種差別、公民権運動、文明批判、祖国を捨てた人たちの悲しみなどの歌ばかりだ。楽しいサウンドの裏ではこんな悲しい歌が歌われているのです。これをボスが時代の語り部として現代の意味合いを盛り込んで歌っています。例えばジョージア州とサウスキャロライナ州の黒人沖仲士が船長の無法な賃金不当搾取に対して歌うプロテスト・ソングでは「もし俺が金持ちだったらよかった」という歌詞は「俺がゲイツ氏ならよかった」に変えられてたりして面白いです。付属のDVDの中にはこのレコーディング風景が収録されていますが、その中でボスは次のように発言しています。

素晴らしい曲でもいつかは忘れ去られていく。新たな文脈を与えられずに忘れられていく曲もある。現代に当てはめると生き返る曲もあるのに歌われないままなんだ。歌に込められた魂や生き様を忘れたままにしたくない。
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ウディ・ガスリーからピート・シーガーへ、そしてピート・シーガーからボブ・ディランへ、そしてボブ・ディランからブルース・スプリングスティーンへ、そしてブルースから・・・という風にこの素晴らしい歌たちは時代の語り部によって歌い継がれていくわけですね。ボスがいつもより荒々しい歌い方なのも感情がこもっている証拠。バラッドにも感情が込められています。19世紀初頭に書かれたと言われるアメリカ開拓者が故郷を想う悲歌「Shenandoah」の美しさは何回聴いても涙が出ます。

最後に、この「We Shall Overcome」アーキタイプがボスに歌わせたレコードだと言っている人もいましたが、なるほどと思いましたね。一般庶民の苦しみである人類のアーキタイプは、社会が精神的に不安定になると現出しやすくなってくると言われます。フォーク・リバイバルの起こった1960年代もキューバ危機大統領暗殺ベトナム戦争やらで相当不安定になっていましたからね。今回のこのレコードはボスが自分から歌ったというより、現代に現出したアーキタイプがボスに歌わせたのだとの考察は非常に面白く、まんざら有り得ない話でもないなぁと思った次第です。
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そう思うと怖いレコードですね・・・。
by Blacksmoker | 2006-06-14 01:13 | COUNTRY / BLUEGRASS
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