アメリカにおいて黒人であるという事はどんな意味を持つのか? 僕は日本人であり、日本という国に住んでいる。なので日本人ということに対してマイノリティ意識など持ったことがない。しかし多くのアメリカに住む黒人たち(もちろんアメリカ以外でも)は自国においてでさえいまだにマイノリティであり、差別の対象となったり、その人が受けるべき人生の権利でさえまともに享受できていない現状が存在しています。この作品「Never Forget: A Journey Of Revelations」はアフリカン・アメリカンというマイノリティの経験してきた不条理な歴史や文化を改めて啓蒙すると共に、現代社会へ問題提起する近年稀にみる意義のある作品と同時に、凄まじいパワーを持った作品でもあります。 さてこの作品を提唱するのがコーネル・ウェスト。彼はアメリカで最も有名な黒人の1人である。 さて今作はコーネル・ウェストにとって3枚目となる作品で、これが教授に賛同するヒップホップ/R & B系のアーティストが大挙して参加した超豪華な内容!!コーネル・ウェストという人物を知らなくとも、このメンツを見ればその凄さが分かります。何たってタリブ・クウェリ、アンドレ3000、ジル・スコット、KRSワン、ブラック・ソート、ラー・ディガ、プリンス、ライムフェスト、ジェラルド・リヴァートなどなど。この名前を見てピンとくる人は間違いなく買った方が良い。この豪華なゲスト陣と共に、全曲に渡ってウェスト教授がスポクン・ワードを入れる構成になっています。もちろんこういう内容の為、歌詞が非常に重要です。膨大な量のリリックなので是非歌詞・対訳の付いた日本盤をオススメしたい。 そして今回のこのアルバムのリリース・レーベルが「ヒドゥン・ビーチ」というのもポイントです。98年に元モータウンの取締役スティーヴ・マッキーヴァーによって立ち上げられたサンタモニカのレーベルで、ブレンダ・ラッセルやカインドレド・ザ・ファミリー・ソウルなどかなり良質なR&Bアーティストの作品をリリースしています。ジャズやソウルを基盤にしながらもヒップホップの感触を持ったサウンドが特徴でもあるこのレーベル。ジャズ解釈によるヒップホップの名曲カヴァー集「Unwrapped」といった人気シリーズもリリースしているなかなか面白いレーベルです。長年ジル・スコットが在籍することでも有名ですね。 さてこのアルバムのオープニングを飾るのは先日の来日公演も記憶に新しいタリブ・クウェリ(右写真)による「Bushonomics」。レーガン大統領時代の経済政策「レーガノミクス」という言葉を、ブッシュ時代の「ブッシュオノミクス」に言い換えたこの曲ではタリブが先陣を切って経済政策を痛烈に批判。ブッシュの政策がいかに欺瞞であるかを早口のフロウで攻撃。フックに登場する「It’s like jungle sometimes」というリリックはグランドマスター・フラッシュ&フューリアス・ファイヴのクラシック「The Message」からの一節です!最後に教授が登場し「俺たちの手でヒップホップをルーツに戻すんだ」という語りで締められる重厚なる1曲です。 次は「America(400 Years)」。この400 Yearsという言葉から察しがつくように、これは奴隷制度についての曲。要するに「あれから400年経っても俺たちの状況は何も変わっちゃいない」という怒りの告発です(解説では「ボブ・マーリィが取り上げた」と書いてありますが、これはピーター・トッシュの作った曲だという事は強調しておきます!)。この曲に登場するのはThe Rootsのブラック・ソート、そして久々の登場の女傑ラー・ディガ(下写真)、そしてアイリーズの3人のMC。彼らの怒りのライムが抑圧された黒人達の心情を代弁します。 「Dear Mr. Man」では何とプリンス(左写真)が登場。リリースされたばかりのアルバム「Plant Earth」では「お前を愛してるけど、俺のギターほどじゃないぜ!」なんてブッとんだ事をホザいていた殿下ですが、この曲ではかなりの政治的シリアス・モード。シーラ・Eやメイシオ・パーカーといったお馴染みのメンバーも参加したミディアム・ファンクな曲です。内容はプリンスが地球レベルでの異変を訴えるプリンス版マーヴィン・ゲイの「What’s Going On」的ナンバー。プリンスというとどうしても「官能的世界の追求者」というイメージですが、かなりストレートでプロテストな内容で逆に新鮮です。 このアルバムならではのナンバーで非常に面白いのが「The N-Word」という曲。曲というより討論の実況。TV番組司会者のターヴィス・スマイリーをホストに、こちらも大学教授でありラジオ番組司会者でもある論客マイケル・エリック・ダイソン(右写真:かなり賢そうな顔してます)を迎えて、コーネル・ウェストとマイケル・エリック・ダイソンが「N-Word」つまり“Nigga”という言葉の使い方の是非について議論を交わす12分にも及ぶナンバー。もう2人でずっと喋り続けています。どういう結論に着地するかは是非聴いてみて欲しいですが、この差別用語であるNiggaという言葉の持つ歴史的背景などがコーネル・ウェスト教授によって語られるところなどはかなり参考になります。この言葉(メソッド・マン&レッドマンの言うところの「Nigganess」)についての2人の知識人による考察がとても興味深いです。 その後も強力なナンバーの目白押し。自らも「エデュテインメント」(エデュケイションとエンターテインメントを合わせた造語)を提唱する御大KRSワン、そして過激な社会派ラップ・グループ、Dead PrezからM-1(左写真)を迎えてブッシュ大統領に宛てたメッセージという形で展開する曲「Mr.President」も見逃せません。特にコーネル・ウェスト教授からマイクを渡されるM-1(ジャマイカ系移民の2世だそうです)のラップのカッコ良さは個人的にこのアルバムの最大の聴き所。超ファストに弾丸のようにライムを詰め込んだM-1のハードライマーとしての素晴らしさを体感出来るでしょう。一方のKRSワンはいつも通りのオールドスクール・スタイルで、唾飛ばしまくる無骨なフローがアツイです(Rage Against The Machineのザック・デ・ラ・ロッチャがいかにKRSワンのフローに影響を受けているかが良く分かります)。 その他にもキラー・マイクとドゥーイ・ロックを迎えたファンク・チューン「Keep’ In It P.I.」やアンドレ3000との「Chronomentrophobia」(これはOutkast「Idlewild」に収録されていた曲に教授のパートを加えたもの)など前半はラップ・アクトが続きますが、後半はシンガーもので統一。もちろんヒドゥン・ビーチからのリリースなら看板シンガーであるジル・スコット(下写真)ははずせません。 そして最終曲「What A Matter Of」。この曲では何とあのTower Of Powerのヴォーカリスト、レニー・ウィリアムス(右写真)を迎えて、コーネル・ウェストが両親、そして自分の仲間達に感謝を捧げるナンバー。流麗なピアノをバックに歌われるレニー・ウィリアムスの素晴らしい高音の歌声のフックと共に、コーネル・ウェストの渋い声が、今は亡き父親への感謝を語るパートはマジに泣きそうなくらい感動的(個人的にこういうヤツには涙腺が弱いです・・・)。こういう曲を最後に配置して感動的に締めくくるなんて構成は普通ならかなりベタなんですが、曲が素晴らしいため全然OK。この感動的なラストは涙なしには聴けませんよ。 そんなわけで最初から最後まで聴き所が満載のこの作品。是非ともこの素晴らしいミュージシャンが奏でる歌の中に少しでもこの作品に込められたメッセージを受け止めて頂きたい。そしてこんな意義ある素晴らしい作品を作り上げたコーネル・ウェストに最大限の賛辞を贈りたい。アルバム・コンセプトから歌詞の内容、そしてアルバム・ジャケット(この写真は1868年にオランダの艦船ダフネ号上で撮影された奴隷たちの写真だそうだ)など全てにおいて教授のアツい熱意が込められています。
by Blacksmoker
| 2007-11-30 00:16
| HIP HOP
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